こんにちは、ベーカリー産業と食文化を探求するエディターKです。
1. パンとご飯の共存:韓国ベーカリーの始まり
韓国を旅行すると、韓食の国という名声とは裏腹に、街角の至る所にあるパン屋の多さに驚かされます。この現象を理解するには、韓国の近現代史に遡る必要があります。朝鮮戦争後、アメリカの援助で小麦粉が大量に供給され、パンは米に代わる手軽で現代的な食事として認識され始めました。初期にはあんパンやソボロパンなど、日本の影響を受けた甘いパンが主流となり、年配層の郷愁を誘いました。1980年代以降、経済成長と共に食生活が西洋化し、パンは老若男女の日常に深く浸透していきました。
2. 6兆ウォンの戦場:韓国ベーカリー市場の規模と構造
韓国の製パン市場は、約6兆3000億ウォン(約50億米ドル)に達する巨大な規模を誇ります。全国に約1万8000軒のパン屋が激しく競争する、まさに「パンの戦場」です。しかし、この巨大な市場は非常に独特な構造を持っています。それは、SPCグループのパリバゲット (Paris Baguette)とCJフードビルのトゥレジュール (Tous les Jours)という二つの巨大フランチャイズが市場の約70%を占めているという点です。
全パン屋のうち、パリバゲットが約3400店、トゥレジュールが約1300店を運営しており、つまり、たった二つのブランドが全国のパン屋の4分の1以上を占めている計算になります。彼らの圧倒的な支配力は、どのようにして可能になったのでしょうか?
3. 市場を支配する巨人:フランチャイズの成功戦略
彼らの成功は、単に美味しいパンを作ること以上の、緻密な産業戦略の結果です。
- 垂直統合の力:特に市場1位のSPCグループは、製粉から生地生産、物流、最終販売まで全工程を自社で完結させる「垂直統合」を構築しました。これにより、強力なコスト競争力と品質の標準化が可能となり、全国どの店舗でも同じクオリティの製品をリーズナブルな価格で提供できる原動力となりました。
- 製品のローカライズ:「パリ」という名前とは裏腹に、彼らの主力商品は硬いバゲットではありません。韓国人が好む**「柔らかく、しっとりとして、ほんのり甘い食感」**のパンを集中的に開発しました。ピザパン、ソーセージパン、コロッケなど、一食の代わりになる「総菜パン」のラインナップを強化したことも、韓国人の食生活を正確に捉えた戦略です。
- セルフサービスの魔法:入口でトレーとトングを持って自分でパンを選ぶセルフサービス方式は、消費者に選択の楽しみを与えます。視覚的に華やかに陳列された数十種類のパンの間を歩き、「今日は何を食べようか」と考える過程自体が、一つの楽しい経験として定着しました。
4. 独立系パン屋の反撃と「パン巡礼」文化
巨大フランチャイズの時代にもかかわらず、近年の韓国ベーカリー市場で最も熱い現象は、個性豊かな独立系パン屋の躍進です。彼らは「パンジスンレ」 (パン+聖地巡礼)という新造語を生み出し、人々を遠方からでも訪れさせる力を持っています。
彼らの武器は「差別化」と「専門性」です。
- 最高級の材料:フランス産高級バター、有機栽培の在来小麦、特定の地域の旬の果物など、フランチャイズでは大量使用が難しい高級材料を惜しみなく使います。
- 職人の技術:長時間発酵させた天然酵母種(サワードウ)をベースにした、健康的で風味豊かなヨーロッパ式の食事パンに特化したり、特定の商品を極める専門店を目指したりします。
今、韓国のパン・トレンドを支配するアイテム
現在、「パン巡礼」の中心には、以下のようなパンがあります。
- 塩パン (Sogeum-ppang / Salt Bread):バターロールをベースにしたこのパンは、「コッパソクチョク」 (外はカリカリ、中はしっとり)の真髄です。焼く際に溶け出したバターが底に溜まり、底面はおこげのようにカリカリになり、中はバターの洞窟ができてしっとりします。これに粗塩の塩気が加わり、中毒性のある「チャンゴ」 (塩辛くて香ばしい味)の魅力を完成させます。シンプルさの中に隠された複雑な味と食感で、現在のトレンドの頂点に立っています。
- ベーグル (Bagel):もはやパサパサのパンではありません。熱湯で茹でてから焼く本格的な製法で究極のもちもち感を実現し、「ネギクリームチーズ」や「蜂蜜さつまいもクリームチーズ」など、想像力を刺激する数十種類のクリームチーズをその場でたっぷり塗ってくれる専門店が爆発的な人気を集めています。
- フィナンシェ&カヌレ (Financier & Canelé):コーヒーと一緒に楽しむのに最適な小さな焼き菓子が人気です。特に、伝統的な味を超え、「ファンチーズ」(チェダーチーズパウダー)、「塩キャラメル」、「薬菓」(ヤックァ)など韓国的な味を加えたバリエーションが人気を牽引しています。
5. 旅行者のための実用的なヒント
- パン屋の見分け方:パリバゲット (青色)やトゥレジュール (緑色)のように統一された看板と内装ならフランチャイズです。ユニークな名前と個性的な外観なら、「パン巡礼」の対象となる独立系パン屋である可能性が高いです。
- 個包装の便利さ:ほとんどの韓国のパン屋では、パンを一つ一つビニールで包装してくれます。これは旅行中に軽食として持ち歩いたり、宿に持ち帰って食べるのに非常に衛生的で便利です。
- 支払い:どんなに小さな町のパン屋でも、ほとんどの場合クレジットカードが利用できるので、現金が少なくても心配ありません。
6. 結論:二つの顔を持つベーカリー天国
韓国のベーカリー文化は二つの顔を持っています。一つは、全国どこでも会える「日常の伴侶」としてのフランチャイズ。もう一つは、特別な経験のために喜んで時間と労力を投じさせる「目的地」としての独立系パン屋です。
旅行者として、あなたはこの両方を体験すべきです。朝は宿の前のフランチャイズでサラダとサンドイッチで手軽な食事をとり、午後はSNSで話題の独立系パン屋を訪れて人生最高の塩パンを味わう。この対照的な経験こそ、ご飯とパン、巨大資本と職人魂が共存する韓国ベーカリー文化の真の魅力を感じる完璧な方法です。